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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)8069号 判決 1956年4月11日

原告 錦商事株式会社

被告 田中繁 外二名

主文

原告に対し、被告田中繁及び被告株式会社田中土鉱機製作所は別紙<省略>目録記載の建物を、被告田中土鉱機株式会社は右建物の一階事務室約十四坪の部分(別紙略図記載(1) の箇所に相当する)を各明渡すべし。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、原告は昭和二十八年九月三十日現在において被告田中土鉱機株式会社に対し金七千六百四十三万五千九百三十六円の売掛代金債権を有したが右同日被告田中繁からその内金千万円の支払に代え同被告所有にかかる別紙目録記載の建物の譲渡を受けてその所有権を取得し同年十一月七日その登記を経由した。しかるに被告田中繁及び被告株式会社田中土鉱機製作所は右建物全部を被告田中土鉱機株式会社は右建物の一階事務室約十四坪の部分(別紙略図記載(1) の箇所に相当する)をいずれも原告に対抗し得る権原なくして占有している。よつて原告は所有権に基き被告等に対し本件建物の右各占有部分の明渡を求めるものであると述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張事実中被告田中繁が原告主張日時被告田中土鉱機株式会社の原告に対するその主張の買掛金債務の支払に代え被告田中繁所有にかかる別紙目録記載の建物(但し別紙略図記載(2) の箇所に相当する部分を除く)を原告に譲渡し所有権移転登記手続をなしたこと、被告田中繁及び被告株式会社田中土鉱機製作所が右建物全部を、被告田中土鉱機株式会社が右建物の内原告主張の部分を各占有していることは認めるがその余の事実はすべて否認する。元来右建物の内別紙略図記載(2) の箇所に相当する部分は田中フジヱが区分所有の意思を以て被告田中繁の承諾のもとに昭和二十五年七月増築しよつてその区分所有権を取得したものであつて前記代物弁済契約による譲渡の目的とはならなかつた。しかるに原告はその後右契約において譲渡の目的となつた建物につき登記簿上の表示に誤謬があるとの理由で右増築部分を加え別紙目録記載のような建物の表示に変更する旨の更正登記を経由した。しかしながらこれによつて田中フジヱの右増築部分に対する区分所有権が原告に移転するいわれはない。次に被告田中繁は前記代物弁済契約当時転居先がなかつたから右契約と同時に右被告と原告との間には右建物につき同被告を賃借人として賃料は後日協定すべき約の賃借権設定の契約が成立したものである。しかして又被告田中土鉱機株式会社は昭和二十二年九月中被告田中繁から右建物の内前記占有部分を賃料一箇月金五千円毎月末日払の約で期間の定なく賃借し当時から引続きこれを占有しているものであるから借家法第一条の規定により右賃借権を以て原告に対抗し得べき筋合であると抗争した。<立証省略>

理由

被告田中繁が昭和二十八年九月三十日被告田中土鉱機株式会社の原告に対する買掛代金債務の内金千万円の支払に代え被告田中繁所有の後記建物を原告に譲渡し同年十一月七日その所有権移転登記手続を完了したことは当事者間に争がなく成立に争のない甲第一号証、同第七号証、証人片岡一誠の証言によれば右建物は右代物弁済契約においては当時の公簿上の記載に従い東京都中央区銀座東七丁目六番地三所在(家屋番号同所十二番)木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十一坪、二階十七坪二合五勺と表示されたがその後調査の結果右建坪が実測と相違することが判明したので原告において登記簿上建物の表示に誤謬があるとの理由で昭和三十年二月十一日これを実測建坪に合致する別紙目録記載のような建物の表示に変更する旨の更正登記を経由したものであることが認められる。

ところが被告等は右更正登記により建坪が増加したのは本件建物の内別紙略図記載(2) の箇所に相当する部分の建坪が加えられたためであるが元来該部分は田中フジヱが区分所有の意思を以て被告田中繁の承諾のもとに増築しその区分所有権を取得したものであつて前記代物弁済契約においては譲渡の目的とならなかつた旨を主張するのでこの点につき判断する。民法第二百八条は数人が一棟の建物を区分して各その一部を所有する場合における所有者間の法律関係を規定しているがそもそも右規定が一棟の建物の一部分につき所有権の成立することを認めたのは畢竟社会観念上当該部分が独立の建物と同様の構造並びに効用を有し従つて独立して所有の客体たり得るものと認められる場合には法律上においてもこれに従うべきものとしたに外ならないのであつて日本式木造建築の一部のように通常独立の構造並びに効用を有しないものについてまで区分所有権の成立を認める趣旨ではない。これを本件についてみると証人丸島善太郎の証言並びに右証言により本件建物の青写真たることを認めることのできる乙第七号証によれば右建物の内別紙略図記載(2) の箇所に相当する部分は昭和二十五年七月頃増築されたものであるが、従前の建物と合体して一棟の建物となり相互の間を自由に出入ができるのみならず一方が他方の効用を補うような構造を有するものであることが窺われるから右増築部分は社会通念上到底独立の効用従つて独立して所有の客体たり得べき性質を具有するものと認め難い。してみると仮に本件建物の内右増築部分が被告等主張のように田中フジヱにおいて区分所有の意思を以て被告田中繁の承諾のもとに建築したものであるとしても区分所有権の登記が存する等(勿論かかる登記の当否は本件の場合きわめて疑わしいが)特段の事情がない限りこれにつき田中フジヱの区分所有権が成立すべきいわれはなくむしろ同人がその建築に際し旧来存した建物に附加した動産は逐次右旧建物の構成部分となりその所有権の当然の効果として所有者たる被告田中繁の所有に帰したものと解するのが相当である。のみならず被告田中繁本人尋問の結果中には被告等の右主張に副う供述があるが右供述はにわかに措信することができずその他に被告等の右主張を肯認するに足る証拠はない。もつとも証人丸島善太郎の証言並びに右証言により真正に成立したものと認める乙第二乃至第六号証によれば丸島善太郎は被告田中繁の妻田中フジヱの注文により右増築工事を請負い同人から請負代金の支払を受け同人宛の受取証を交付したことが認められるが田中フジヱが被告田中繁の妻たること並びに右増築部分の前記認定のような構造等に徴すれば右増築工事の請負については田中フジヱが夫を代理して注文並びに代金支払の衝にあつたものとも推認され得るところであるから田中フジヱが注文並びに代金の支払をなした一事だけではいまだ被告等の前記主張を認めるに足りないのである。しかして前代物弁済契約において契約当事者が右増築部分を特に譲渡の目的から除外する意思を有しその旨の意思表示をなしたことは証拠上認められない(被告田中繁本人尋問の結果中これを窺わせるような供述はたやすく措信し難い)と同時に譲渡の目的たる建物の表示をなすのに当時の公簿上の記載に従つたものであることは前記認定のとおりであるから本件建物の内右増築部分に相当する建坪が右契約における建物の表示上不足したのはたまたま登記簿上の記載と実測とが一致していなかつたことに起因するにすぎないのであつて該部分も旧来の建物の部分とともに当然右代物弁済による譲渡の目的となつたものと解するのが相当である。それならば原告は右代物弁済により本件建物全部の所有権を取得したものと謂わなければならない。

しかるに被告田中繁及び被告株式会社田中土鉱機製作所が本件建物全部を、被告田中土鉱機株式会社が右建物の内一階事務室約十四坪の部分(別紙略図記載(1) の箇所に相当する)を各占有していることは当事者間に争がない。

そこで被告等の占有権原の有無につき判断する。先づ被告田中繁は前記代物弁済契約当時転居先がなかつたから右被告と原告との間にはこれと同時に同被告を賃借人として賃料は後日協定すべき約の賃借権設定の契約が成立したものである旨を主張するが建物の譲渡当時これに居住した譲渡人が転居先を有しなかつたからとてこれと同時に暗黙の契約により譲渡人のため賃借権が設定されたものとは到底考えられないしさればとて被告田中繁と原告との間に右被告主張のような明示の賃貸借契約が成立したことについてはなんら立証がない。

次に被告田中土鉱機株式会社は昭和二十二年九月中被告田中繁から右建物の内前記占有部分を賃借し当時から引続きこれを占有しているものである旨を主張するがそもそも借家法第一条の規定は登記の対家たり得る独立の建造物の賃貸借につき適用すべく建物の一部の賃貸借に適用するにしても当該部分が独立の構造並びに効用を有し従つて独立して所有の客体たり得る場合に限るべきであつてかような性質を具えない建物の一部の賃貸借については適用すべきではないと解するのが相当であるところ右被告会社の占有部分が独立の建物と同様の構造並びに効用を有し従つて独立して所有の客体乃至登記の対象たり得る性質を具えたものであることは証拠上認められないから仮に右被告会社が原告の所有権取得に先立ち右占有部分を賃借し当時から引続いてこれを占有しているものであるとしても右賃借権を以て原告に対抗し得べき筋合はない。

最後に被告株式会社田中土鉱機製作所が占有権原を有することについては同被告においてなんらの主張立証もしない。

果してそうだとすれば原告に対し被告田中繁及び被告株式会社田中土鉱機製作所は本件建物全部を、被告田中土鉱機株式会社は右建物の一階事務室約十四坪の部分を各明渡すべき義務があること明らかである。

よつて原告の本訴請求を正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用しなお仮執行の宣言はこれを付さず主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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